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さよならの春。

2010.04.01.Thu.00:33
どのくらいの方が、ここをのぞいてくださっているか分かりませんが・・
お久しぶりです(笑)
約2週間、自分自身、まったくここに来てませんでした。

ブログをはじめてから、こんなに長い間更新しなかったことはなかったなあ。

帰省していて携帯からだと面倒でも、
だいたいは我慢しきれなくて(笑)アップしていたような気がします。

めっちゃめちゃワタクシゴトなので、書くのやめとこうか・・
何もなかったみたいにまた潤くんきゃー(≧∇≦)な世界に戻ろうかとも思ったのですが、
やっぱり・・個人的に日記として、綴っておきます。

ほんとにワタクシゴトな上に、楽しい話ではないので、
興味のない方はスルーしてください~。

ここ2週間、実家の相葉県に帰省してました。

19日は上の息子の小学校の卒業式だったのですが、
それが終わってから気づいた、私の母からの1通のメール。

「お父さん、状態が悪くて、夕方までとお医者さんに言われました」

実は、3年前の今頃、父は末期ガンが見つかり、
本当はその年を越せないだろうと言われていました。

でも、薬がよく効いたおかげと本人にも体力があったらしく、
何度か入退院を繰り返しつつも、ここまで持ちこたえてきました。

今年のお正月に会ったときは、長いこと使用していた強い薬と、
ガンが全身に回っていたせいもあって、
かなり・・なんというか~痴呆がきているような状態になっていたのですが、
それでも結構元気でした。

でも、その後急速に状態が悪くなっていったようで、
今月17日に再入院したときには、もう退院はないと思ってください、
と言われていたようです。

そのときにはもうほぼ、意識ははっきりしない状態だったらしいのですが、
体だけはしっかりしていて、徘徊したり、無意識にいろんな行動をとったりしていたらしく、
母は大変だったようですが・・
でも、そんな状態がまだしばらく続くものだと思っていました。

春休み、下の娘の修了式を終えたら、帰省する予定でした。

でも、それが急遽早まってしまいました。
19日。
まだ気分的には卒業式の余韻が残っていました。

この3年、覚悟してきたことではあったし、冷静を保ってるつもりでしたが、
今思えば、かなり頭の中は真っ白でした。
でも、なんとか荷物をまとめ、しばらく留守にするため、
できる限りのいろんな連絡をすませ・・

出発は15時前。
夕方にはどう考えても間に合わない・・

子供たちにあんまり動揺を伝えたくはないと思いつつ、
休憩を取りながらできるだけ急いで病院にたどり着いたのが夜8時半過ぎ。

父は、待っていてくれました。

もうすでに意識はなかったけれど、
呼吸器をつけた状態で、一生懸命息をしていてくれました。

お正月には普通に話せたのに・・

その姿を見た時に、涙が出ました。

そして、本当に私たちを待っていてくれたかのように、
その約30分後、父は息を引き取りました。

すごく安らかでした。

ここまで、きれいごとでは済まない、たくさんのことがありました。

父本来の、頑固で生真面目で、融通がきかなくてちょっと自分本位な・・
そんな面が病気の進行とともに、薬の副作用も含めて強調されてきたり、
一番近くにいた母は、かなり大変な思いもしてきたと思います。
私も電話で話したりして、もうほっとけば!?なんて思うこともありました。

ここにはちょっと書けないようなこともたくさんありました。
本当に、きれいでかっこいいことなんて何もなかったように思えるくらいです。

でも・・やっぱり私にとっては大切な父でした。

どうしても、娘の私は、母寄りになってしまうことが多かったのですが、
普段遠く離れてすんでいる分、もっと話を聞いてあげればよかったかなあとか、
それよりももっと前・・
元気なうちに、もっともっと、一緒にいろんなところに行きたかったなあとか。
後悔・・というほど重いものではないですが、思うところはたくさんあります。

人の死は、あっけないです。

父も、ついこの間、目の前で笑って話していたように思います。


今、気候的なものもあるのか、すごく亡くなる方が多いらしく、
(現実的な話ですが)葬儀場が混んでいて、
父の葬儀は亡くなってから1週間以上後の27日でした。
たくさんの花に囲まれて、家族と親族だけで静かに見送れた、いい式だったと思います。

それまでの間は、すごく普通に明るく過ごしてました。

母のいろんな手続きに付き合ったり、
いとことの久しぶりの再会で羽目をはずす子供たちを叱りまくったり(笑)

宿題くん最終回も、もじもじくんなおかげでしたもしっかり見たし、
こちらではいまだお目にかからない(何故~?)わが家~の予告もチェックしまくってました。

こんなに普通にいられる私って、冷たい人間なのかな??なんて思ったり。

でも、やっぱり最後、顔を見ると涙が出ました。
泣かずにしっかり送り出してあげようと思っていたんだけどね~
無理でした。

昔は、私を抱っこしてくれた父が、
今は私が抱えられるほどになってしまって、小さな壷の中にいるなんて・・

自宅に戻ってきた今でも、どこかで現実ではない気がしたりもしてしまいます。

でも・・
娘の習い事の送り迎えで通りかかった桜並木がライトアップされていて、
父に見せてあげたかったなあなんて思ったり・・

すごくかわいがってくれていた息子の学ラン姿も見せたかったなあ・・

でも、その前の週にあった、娘の新体操の発表会も、
それこそ亡くなる当日の息子の卒業式も・・
分かってて、すべて行事が終わるまで頑張ってくれていたのかなあ・・

・・なんていうような、いろんな想いが、
ちょっとだけの後悔みたいなものと一緒に、
きっとだんだん、自分の中で消化されて受け入れられていくのかな、なんて思ってます。


今日、こちらに戻ってきてはじめて、母に電話をしました。
一人になってしまったので、さびしいとは思いますが、
今はまだやることにも追いまくられていて、とりあえず元気そうで安心しました。



もしこれをここまで読んでくれた方がいるとしたら。

私は結構元気ですv( ̄ー ̄)v

自分の中でちょっと一区切りつけたくて、
支離滅裂だけど、今の想いをだらだら書かせてもらいました。

きっと次からはまたいつものように、
嵐きゃー(≧∇≦)潤くんきゃーヾ(≧∇≦)ノ"に戻ってると思います(笑)

父がどっかで見ていて、いい加減にしろっ!って思ってるかもしれませんが・・(; ̄ー ̄A
人間、そうそう変われません~笑。


ちょっとすっきりしました。

心配してメールくれたお友達も、ありがとね♪

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